いのちを頂くという事

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担当の林です。
鶏を殺して食べる「命の授業」は本当に残酷か?についての記事を読んで、今回の記事は「いのちを頂く」と言う事について書きたいと思います。

以前にも書きましたが、私には小さな子供がいます。まだまだ1歳3ヶ月と小さいですが、いつかは、

  • 動物、植物を問わず、生き物を殺して、頂く事で我々は生きることが出来ること
  • だからこそ食べ物は粗末にしてはいけないこと

を説明しないといけない時がやってきます。
その説明のために、実際にと殺(=とさつ。食用にするために、生き物を殺す事をと殺といいます)を子供に見せる、という事のようです(記事では対象は高校生のようです)。

しかし私達が子供の頃、親や教師は残虐なシーンを私達に見せないように、と躍起になっていた気がします。映画等の残虐シーンと、動物をと殺するシーンは、残虐さに違いはあるでしょうか?私には大きな違いはあるように思えません。でも大人は子供に残虐映画は見せない様にし、動物のと殺は見せてあげたい、と言うのです。

矛盾を感じますが、これは自分が食べるかどうかが違う、という事なのかもしれません。自分が生きていく為にしょうがなく生き物を殺して食べる。それは生き物に対して罪深く、そしてありがたいことであり、そのことを理解することは重要であり、その為には、いくら残虐であったとしても見るべきだ、という事なのかもしれません。その残虐さを経て、自分が生かされている訳ですから。

生き物たち

 

ただ、小さい子供には、まだ早いでしょうから、下の本が良いかもしれません。食肉加工センターで働く坂本さんのお話です。残虐シーンは無く、そして子供にとって「大切ないのちを頂いて、初めて生きていけること」が理解出来る良い本だと思います(大人が読んでも泣いてしまいます)。

いのちをいただく

 

また、冒頭の記事に出ている「いのちの食べかた」という本とは、また少し違う内容ですが、「いのちの食べかた」という、同じ名前のドイツの映画があります。こちらは牛や豚などの肉、魚、野菜等、普段私達が口にしている物が、どういう行程で処理されているのかを映像にした、ナレーションも音楽も無い映画です。淡々と描かれていますが、その1シーン、1シーンが心に残ります。普段沢山の動物・植物のおかげで自分は生きる事が出来ているんだ、食べ物を粗末にしたり、残したりするのは辞めよう、と思える良い映画だと思います。

いのちの食べかた DVD

いのちを頂くということの罪深さとありがたさは、これから育つ子供達に是非理解してもらいたいな、と考えています。

少し宣伝になりますが、当教室では、3月30日に、牛肉のコショウ煮込みをはじめとするイタリア家庭料理教室を開催致します。御参加を御待ちしております。初心者でも気にされず参加して頂ければと思います。

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